人間の身体の中で意外とその重要性を無視されてしまっているところが骨?どこか調子が悪いことを表現するのに、ちょっと骨の調子が悪くって、とはまず言わない。ところが毎日毎日の食生活の中で、いつまでも健康な骨でいられるかどうかは確実に決定づけられている。身体にカルシウムが足りなくなってくると、骨の持つカルシウムで補充される。いわば奪いとられてしまうわけだ。そうなると骨が痛みを訴えることはないけれど、何しろ脆くなる。鬆が入ったような状態、いわゆる骨粗鬆症だ。高齢者が転ぶと必ずと言ってよいほど骨折する。母が70代半ばの夏、ちょうど夏休みで姪っ子と買い物をしての帰宅だった。玄関ドアを開けると、何と母がひっくり返っている。てっきり脳からきたものと、恐る恐る顔を覗くや、しっかりした言葉で「転んで動けないの、もう三時間もこうしてたのよ」とのこと。実はこの時、ちょっとした打撲程度と思ってしまった。ところが姉に電話をするや「それは絶対どこか骨折してる、すぐ救急車を呼びなさい」と言われた。やはり大腿骨骨折たった。救急隊員の方の話では、高齢者が転倒した場合は、ほぼ100%骨折とのこと、ほとんど足だけれど手をついて転べば手を折るのだそうだ。幸い意識もしっかり、頭も打っていなかったけれど、よく骨折を機に、車椅子、寝たきり、痴呆などになるとの話を聞いていただけに、一応最悪の事態まで覚悟した。その後亡くなるまで、日常生活に支障を来たさないほどに回復したものの、家のまわりを歩くくらいの生活であった。痛みもなく、見た目には健康そうでありながら、実は徐々に蝕まれていく骨、ちょっとした衝撃でポキンではたまらない。内臓はいたって健康なのに車椅子なんてことにもなりかねない。しっかりした骨格があって、はじめて歩くことや身体を動かすという基本的な機能が発揮される。そして歩くことで脳への刺激が生まれ、バランスのとれた身体が保たれる。人間の骨にあたるところが家の構造材である。この構造材が弱ければ、何かの衝撃でバランスをくずし、荷重に耐え切れずに骨折するがごとくゆがんでしまう。これでは全くお話にならない。人体と同じで、土台・柱・梁などの構造材は家が完成してしまえばほとんど見えない。外壁にひびが入った、室内の壁や床が汚れた、建具がおかしいなどはすぐわかるし手もかけやすいが、見えない所にある構造材が腐れるという、あってはならないことが実際に起こっている。まるで木に腐ってくださいと言わんばかりの建物が現実に続々と建築されているから恐ろしい。湿気に弱い構造用合板釘打ちの家や、びっくりするほど細い材でつくられたパネルの組立てハウスがまかり通っている。つくる側は何を考えているのかと思う。挙句の果てに木造は弱いから鉄骨やコンクリートの方が良いなどの声までささやかれる。軸組の家が構造上弱いのではなく、設計バランスが悪いから、手を抜くから、金物だけに頼るから、きちっとした継ぎ手などの組みたてをしてないから弱いなどと言われてしまうのである。