英語の世界的展開の二次的な要素

2011.05.16

多くの人は、イギリスの小説家ダニエル・デフォーが一七一九年に出版した『ロビソソソ・クルーソー漂流記』をお読みになったことがあるだろう。無人島(といっても、途中で先住民がいたことが判明する)に漂流したロビソソソ・クルーソーは、漂着から二五年後、先住民に殺されそうになっている男を見つけ、救出する。その男の名前をご記憶だろうか。「フライデイ」である。なぜそんな妙な名前なのか。じつは、ロビソソソ・クルーソーがこの男を助けたのがたまたま金曜日だったので、その日を記憶しておくためにフライデイと名づけたのだ。子供のときに読むと何ということはない逸話だが、機会があったらぜひ読み直していただきたい。ロビソソソ・クルーソーの態度が、いかに高圧的であるかがわかるだろう。まず、男を助けたあとで、お前の名前は何というのかと聞こうともしない。土地の言葉も覚えようともしない。金曜日に助けたから、お前はフライデイという名前だ、というわけである。相手に名前をつけたあとで、ロビソソソ・クルーソーはフライデイに英語を教えはじめる。最初に教えた言葉は「主人さま」、その次が「はい」と「いいえ」である。この逸話は、まさに一八世紀当時のイギリスの帝国主義的な態度を如実に示している。このような態度でイギリスは世界各地に植民地を建設し、英語を教え込んでいったのだ。英語の世界的展開の二次的な要素は、二〇世紀に入ってからのアメリカの政治的・経済的・軍事的成長である。もっとも、そのアメリカ自体、最初はイギリスの植民地であったことを考えると、今日の英語の世界的展開を促したものは、もっぱらイギリスの植民地支配であったと言ってもいい。つまり、英語は、きわめて帝国主義的な言語なのである。
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